茗渓会の公開講座は今年度5回目となり、『シリーズ藤原教授の英語の話 第8弾』として、「ことわざから探る英語圏の文化」と題して、藤原保明先生に講演を頂きました。11月16日開催、会場は筑波研修センターでした
今回も多数の参加者を得て、藤原先生の専門分野である英語史をひもときながら、今回は「日英のことわざ比較」、とくに犬や猿、猫、馬、豚といった動物にまつわることわざを英語と日本語で引き出し、日英の文化的背景を加えて比較しながら、楽しいお話しが展開されました。
先生は、「イギリス人より日本人の方が動物に対して厳しい見方をしている」「日本のことわざの方が逆説的な表現が多い」と話されました。
参加者からは、「動物を使った諺の英語に興味がありました。文化を通した違いは国によるとらえ方の違いがうかがえました。」「洋の東西を問わず、人間の思うこと感じることの源は同じようなところにあるのかもしれない」などたくさんの感想を頂きました。
講演録
平成25年11月16日(土)筑波研修センターにて
茗渓会公開講座 藤原教授の英語の話 第8弾
「ことわざから探る英語圏の文化」
講師:藤原 保明(筑波大学名誉教授)諺は数が多く、対象も多様であることから、今回は動物をテーマとする諺を取り上げ、日本人とイギリス人の動物観や日英の文化の比較などを試みた。
1 犬の諺
「犬の遠吠え」や「犬は骨で叩けば吠えない」など、犬の習性に対する日本人の厳しい世評が現れている諺は多い。一方、「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ」のように犬の良好な側面を表す諺は4例のみであり、犬も条件によっては多少評価できることを表す「犬にも用あり」のような諺は4例ある。
英語の dog の派生語や複合語では、犬を見下す例がほとんどであり、犬を高く評価しているのは doglike「忠実な」の1例だけである。イギリス人は動物保護に熱心であるが、犬を高く評価している英語の諺は1つもなく、むしろ、Dogs that put up many hares kill none. のように、好ましくないことを表現したものの方が多い。しつけなどによって良くも悪くもなるとみなされている Dogs bark as they are bred. のような諺も多い。
このように、犬に好意的な諺は日英両言語とも少ない。
2 猿の諺
猿は人間に似ているが、能力や資質が劣ることから、嘲りや軽蔑の対象となっている表現は多く、また、「猿が髭を揉む」、「猿にカミソリ」、「猿の空虱(そらしらみ)」のように猿の人真似を揶揄した諺も多い。一方、猿の能力や資質の高さを表す「猿の梢を渡る如し」のような諺がいくつか存在することは興味深い。
英語の猿はape (尾のない大型の類人猿)とmonkey(小型の尾のある猿)に分けられる。ape の慣用句は若干あるが、apeをテーマにした英語の諺は、ラテン語の翻訳2例と、The higher the ape goes, the more he shows his tail. の1例とも、猿に批判的である。
一方、monkeyを用いた句や複合語の約半分は悪い意味を含まないが、残りの約半分では好ましくない意味で用いられている。monkeyをテーマにした諺が皆無というのは注目に値する。
猿は人真似を理由に日本人から軽蔑されているが、評価に値する身体能力などは諺でも好評である。一方、英語の猿にまつわる語句は多くなく、また猿をテーマとした諺はごく少数である。
3 猫の諺
猫で始まる「猫足、猫板、猫跨ぎ」などの表現では、猫の評価に言及されていないが、「猫かぶり、猫背、猫の額」などには猫の好ましくない側面が反映されている。一方、「猫に鰹節の番」、「猫の食い残し」、「猫の逆恨み」などの猫の諺では「信頼できない、だらしない、執念深い」点だけが強調されている。
猫に関する英語の複合語と句では、イギリス人は猫を「ずるい、いい加減な、うるさい」とみなし、決して良い印象を抱いていない。ところが、Cat after kind, a good mouse-hunt. という諺では、「猫は鼠を捕るのがうまい」ことを素直にほめている。一方、The cat knows whose lips she licks well enough. は猫の賢さよりむしろ猫のずる賢さを示す。The cat shuts its eyes while it steals cream. は猫の悪の意識の低さを示唆している。
日本人は猫の習性を高く評価していないが、イギリス人は猫のずるさやだらしなさを批判している一方で、鼠捕りに対する猫の能力は率直に認めている。
4 馬の諺
馬に関する表現には日本の歴史の長さや文化の奥深さを表すものがある。「馬面、馬の骨、馬に経文」のような諺からは日本人が馬の顔や頭脳を見下してきたことがわかる。これとは逆に、「馬が合う」や「馬は武士の宝」のような諺から、馬が大切な存在であったことがわかる。
馬にまつわる英語の表現のうち、work like a horse や be strong as a horse などから、意味の基本は馬の大きさと力の強さにあることがわかる。horse marine「騎馬水兵、ありえないもの」という語は日本語の「馬筏」や「馬は蹄の腐るまで浮く、牛は尾の腐るまで浮く」という諺から窺える「水に強い馬」という日本人の認識と対立する。一方、Horses, dogs, and servants devour many. には、馬は金がかかるというイギリス人の感慨がよく反映されている。
日本では馬の価値や存在感が薄れつつあるが、イギリスでは馬はいまだに人々の生活に深く根付いている。
5 豚の諺
豚にまつわる表現は「豚草、豚小屋」の2例のみであり、諺も「豚に念仏(猫に経)」、「豚を抱いて臭きを知らず」を含む5例のみである。日本人にとって豚は臭くて不格好な存在なのであろう。
豚は英語の場合でも「不潔、貪欲」のイメージが強いが、pigboat「潜水艦」、pig lead「生子鉛」、pigskin「豚革」などの語句にはそのような含意はない。一方、piggish「貪欲な、不潔な」、pigheaded「強情な」、pigpen「不潔な場所」などの語と、Pigs fly in the air with their tails forward. などの諺から、イギリス人の豚に対する評価の低さがわかる。
豚は実際は清潔好きで賢い動物だと言う人がいるが、日英の諺に関する限り評価は芳しくない。
6 まとめ
日本語と英語の動物にまつわる諺を比較すると、イギリス人より日本人の方が動物に手厳しい場合が多く、また、日本の諺の方が逆説的な表現が多い。英語の諺には素直な表現が多く、諺であると指摘されないと気づかないものも少なくない。今回、動物の諺から日英の文化の特徴の一端を探ろうとしたが、皮肉なことに、動物に対する評価を盛り込んでいない諺以外の語句に歴史や文化の情報が多数含まれていることがわかった。
講演後の質疑応答も活発で、楽しいひと時であった。